外来語47語の言い換え示す 国語研が第2回最終報告
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031113-00000173-kyodo-ent
で、その「外来語」のリストと言い換え案が国立国語研究所のサイト上にアップされています。
http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian2/
「データベース」の「情報集積体」は、もっとシンプルに「情報集」とか、ちょっと凝って(?)「情報庫」とかじゃだめなのか。
あと、「ユビキタス」の「時空自在」は、考えた人の発想自体はなかなかユニークだとは思うんだけど、実際に採用されちゃ確かにアカンな。なにせ意味不明だし。どれくらい意味不明かっていうと、「ユビキタス」が意味不明なのと同じくらい意味不明。
で、外来語の「言い換え」には大きく分けて二通りあると思う。
(1)元々日本語*1にも同じ概念を表す(と思われる)言葉があった場合には、わざわざカタカナ語を使わずにそれを使うようにするという方法。
(2)元々ある日本語表現ではなかなか表現しづらい概念を、新たに表現を創ってでも無理矢理「日本語表現」という体裁にこだわる方法。
(1)なら分かる。ありきたりな日本語表現で言えるのにどうしてわざわざ横文字並べなあかんの? 単にカッコつけたいだけちゃうか――と、まあ大抵はそう思うでしょう。たとえば、「グローバル」→「地球規模」、「キャッチアップ」→「追い上げ」など。
だから問題は(2)。「ユビキタス(・コンピューティング)」なんてその最たる例。
状況や技術の変化といったものによって、その現象や特徴を表現するのに新たな概念が必要となって来る場合が多々ある。その時に、たとえば「時空自在」なんて言われたって、字面だけは「日本語」面してるかもしれないけど、結局はその詳しい説明を聞かなきゃ分からないだろう*2。でもそれだったら、敢えて無理矢理に造語しなくたって、そのまま「ユビキタス」を使って、必要ならその詳しい説明を付け加えれば良いまでのこと。事情はほとんど変わらないのでは?
要するに、(1)と(2)とを無闇に混同するべきではないということ。
(1)なら大いに作業を進めていただければ良いのだが、(2)なんて、それこそ「日本語の乱れ」を生み出す一つの大きな元凶だと思うけど。国を挙げて、どうやって日本語を「乱す」かを議論してるってわけか・・・。それなら、市井に流通している「乱れ」の方が、むしろ、自然発生的かつ自然拡大的であるだけ真っ当な「日本語」だとさえ思える。