山本兼一『火天の城』(文藝春秋)

宮大工から取り立てられて織田信長の番匠となった岡部一門の棟梁、又右衛門以言は、息子の又兵衛以俊と共に安土城築城に挑むことに。岡部父子は互いに反発し合いながらも、信長からの妥協のない注文や様々なトラブル、さらには乱派(いわゆるスパイ)による妨害工作などを乗り越えて、ついには前代未聞の城を完成させるのだが・・・。第11回松本清張賞受賞作。とは言え「社会派(歴史)推理小説」というわけではない。歴史物の中でもとりわけ戦国時代物となると、恐らくある特定の武将ないしその家臣あたりの視点から描かれる場合が多いのではないか。でも本作は、信長に仕えているとはいえ彼ら自身武士ではない番匠たちの視点から築城という一大プロジェクトの成り行きを描いた、いわば歴史版「プロジェクトX。とはいえ過剰なお涙頂戴ものではない。歴史物ってこれまであまり読んで来なかったけど、読んでみると何の抵抗も無い。確かに、大工用語(?)をはじめ、当時の情勢を前提とした事柄に関する用語が特別な解説もなしに頻発するのだが、それもストーリーの流れの中でごく自然に読み進めることができる。これまで想像すらしたことが無かった築城の過程が実に克明に描かれていて、興味深い。受賞に際しての浅田次郎氏によるコメントにもあるように、「知識が豊かで、かつ衒学的でない」(帯より)のだ。岡部父子の会話がすべて名古屋弁(というか尾張弁?)で書かれているのも、雰囲気が出ていて良い。

史実に材を取った歴史物には、大まかな結末は予め分かっているという事情は付き物だが、もちろん本作も例外ではない。安土城築城後まもなく焼失してしまう「幻の城」であることは周知の通り。そんな結末を予め知りながら読んでいるからこそ、以言・以俊父子をはじめとする職人たちによる懸命の作事(作業)の様子をつぶさに、それこそある意味リアルタイムに目の当たりしている間中、どこか切なくも虚しい、そして何とも悔しい気持ちにもなってしまう。無駄だとは知りながらも、「これだけの人たちがこれだけの思いで、これだけの苦労をしながらようやく造り上げたこの城を、どうか焼かないでくれ」と念じながら読み進める。そうしている内に、ふと、「ああ、もしかしてこの城は焼失を免れるかもしれない」などと妄想し出すようになる。それだけ感情移入してしまったということではあるのだが、ただ、もう少し登場人物たちを掘り下げる余地は残っていたかなという気もする。描写の仕方にもう少し(それこそ浅田次郎的な?)あざとさがあっても良かったかも。とはいえ、この絶妙な距離感がこの作者なりのスタイルなのかも知れず、そうだとしたらそれはそれで悪くはない。

ちなみに、本書自体とは関係ないのだが、下記のサイトでは安土城の復元CGを見ることが出来る。

http://www.3kids-cg.com/digi_D/main/aduti.html