迷ったら「ビミョー」96%

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050712-00000254-kyodo-soci

いいか悪いか判断がつかなかった時に「ビミョー(微妙)」という言葉を使う人が58%に上り、10代では96%を超えることが12日、文化庁の日本語に関する世論調査で分かった。

・・・と言われて一体どういう感想を持てば良いのか分からなくて困った。

たぶん、こんな時にこそ――「ビミョー」。

いや、別にこれが言いたかったわけではなく、ホントに分からない。だって別に、いわゆる「間違った」使い方にはあたらないように思うし。

もちろん、「微妙」が

1 趣深く、何ともいえない美しさや味わいがあること。また、そのさま。

という意味しか持たないならこの現象を「面白いな」と思うかもしれないけど、

2 一言では言い表せないほど細かく、複雑なさま。また、きわどくてどちらとも言い切れないさま。「気持ちが―に変化する」「―な判定」

という意味だってあるわけで、実際当の文化庁だって

「“微妙”は価値判断を避ける若者言葉だが、何とも言い表しようがないという本来の意味と近いため4、50代でも高い数字となったのではないか。」

と言っているわけで、じゃあどうしてわざわざニュースとして取り上げられたのかと。むしろ「流行語」の一種では?

また、「良い/悪い」、「カッコイイ/カッコ悪い」、「カワイイ/カワイくない」、「善/悪」などといった二分法的な評価を一刀両断に下す傾向に反している点では、非常に日本的なような気がするし、そしてそれは必ずしも悪い面ではないように思う。

ただ、それと同時に「ヤバイ」や「キモイ」といった一刀両断的な(?)評価語も濫用されているという現象こそが、実は最も面白い点かも。「キモイ」はさておき、「ヤバイ」について。

素晴らしいやすごい、おいしいなどの意味で「ヤバイ」を使う10代も71%に達した。

タイガー&ドラゴン』の第3話「茶の湯」の回をちょっぴり思い出すわけですが、それはともかく、これは「ビミョー」の場合とは違って、「逆の意味に使っている」例として少しは話題性があるような気はする。

そもそも「ヤバイ」という言葉自体が新語なんじゃないの?と思われるかもしれないが、実はそうではなかったりする。

《形容動詞「やば」の形容詞化》危険や不都合な状況が予測されるさま。あぶない。

だから、こういう意味を持つ言葉がポジティブな評価語として使われているという現象は、確かに興味深い。

あるニュース番組では、これを、「意味を誤解して(使われて)いる」一般的な例の一つとして取り上げていた。たとえば、「汚名( )」に「挽回」を入れる人の方が多い、とか。

でも、「ヤバイ」はそれとはちょっと違う事例だと思う。つまり、それを使う人たちは別に、「ヤバイ」を元々ポジティブな意味を持つものとして誤解した上で使っているわけではなく、ネガティブな意味を持つものだとちゃんと理解してはいるのだ。むしろ、そう理解しているからこそ成立している(?)使い方なのではないか。

「ヤバイ」がこれほど濫用される以前は、もっぱら「チョー(超)」がメインだった。「スゴさ」や「ウマさ」や「カワイさ」が「通常を越えている」。そして当該の「ヤバイ」の用法は、実はこの「チョー」をさらに越えたポジティブな評価を表現すべく生まれたのではないか、という気がする(その「ヤバイ」もまた、一旦表現が流通してしまった限り、やはり「チョー」が付けられる対象になるわけだけど)。

こうした傾向は別に、目新しい現象というわけでもない。たとえば、「幸せ過ぎてコワイ」、「ツキ過ぎていてコワイ」などと言う場合があるではないか(個人的には未だかつて一度たりとも無いけど!)。

だから同じように、「ウマ過ぎてどうにかなっちゃいそうでコワイ」、「あり得ないほどセンスが良過ぎてコワイくらいだ」というニュアンスで、「ヤバイ」。よってポジティブな評価としての「マジあり得なくない?」も、似たような感覚に基づいた表現なのではないかと。