『運命じゃない人 [DVD]』

http://www.pia.co.jp/pff/unmei/

去年、映画『サマータイムマシン・ブルース』を観てからさほど間をおかずに観た作品。前者も、タイムトラベルものだけあって凝りに凝った脚本で非常に楽しませて貰ったが、この作品は、タイムトラベルものではないにもかかわらず(ってあまり関係ないけど)それに劣らず凝りまくっていて、最高に楽しかった。ここ最近、本や映画や芝居に対してどうも煮え切らない感想ばかり書いていたけど(『歌わせたい男たち』だけは例外)、この作品に対しては何の臆面もなく賞賛の言葉を書き連ねることが出来るので、とっても有り難い。DVDがそろそろ出る頃だろうと思って調べてみたらちょうど発売直後だったため、速攻で購入してしまったほど。

結婚を前提に同棲していた彼女(倉田あゆみ)に逃げられたことを未だに引きずっている宮田武は、私立探偵をやっている親友の神田勇介に呼び出されたレストランで、これまた婚約破棄で飛び出して来たため帰る所のない幸薄そうな女性(桑田真紀)と出会う。宮田はとりあえず真紀を家に泊めることに。しかし、そこへ突然あゆみが「荷物を取りに来た」と言って戻って来ると、真紀は出て行ってしまう。追いかける宮田だったが・・・・・・。と、こう書いただけだと全く何の面白みもないように思えるかもしれない。実際、何の予備知識もなく観たら、この辺りまでは結構退屈に感じるかもしれない(と言っても、登場人物の面白さとある仕掛けの示唆とで、観客の興味を惹き付けるような工夫はされているんだけど)。いかにも昨今の日本映画に典型的な雰囲気とありがちな展開で(まあ、中にはこういう話がすこぶるお好きな方もいらっしゃるようですが)、この感じじゃあ、箸にも棒にも掛かりようがない、と思ってしまっても仕方がない。

しかし! 焦ってはイケナイ、ここから怒濤の展開が待っているのだ――というよりもむしろ、正確には、ある意味ここまでですでに「怒濤の展開」はほとんど終わっていたことが分かるようになる、と言った方が良いかも知れない。「宮田武」と「神田勇介」、それから某方面の組長「浅井志信」という三人それぞれの視点から、その同じ時間帯に起きたことが観客の側に順次開示される。その度ごとに強烈なアスペクト転換を経験することになるんだけど、これがまた爽快感抜群。息をつく間もなく「ああ、そういうことか!」、「これって実はそうだったのか!」の連続。誰が名付けたか、その名も「タイムスパイラル・ムービー」。「タイムトラベル」の場合は登場人物(たち)自身が経験するのに対して、この「タイムスパイラル」を経験するのは観客の側だけ

しかも、その一連の出来事に主に関わって来る五人のキャラクターたちがこれまた揃いも揃ってイイ味を醸し出している。だから観ている間は、「ストーリー展開のためだけに登場人物を単なる駒のように動かしている」などといった印象は全く受けない。個人的には、私立探偵の神田のキャラがお気に入り。女性ならびに一部の男性にも人気らしいんだけど、さもありなん――ただし、その「一部の男性」の中に僕は入っていませんので悪しからず。それに、この神田とあゆみとのシーンは、何だかとっても洗練された、良い意味で「こなれた」感じがして、その(大人の?)雰囲気はこの作品全体の中でちょっぴり浮いている感じすら受けたほど。なぜだろうと思っていたら、この二人(山中聡板谷由夏)は実際、以前に夫婦役で共演したことがあり、元々仲が良かったとのこと。やっぱりそういうのって芝居の雰囲気にも出るものなんだなあと、妙な所に感心する。

僕はDVDで二回目を観たんだけど、一度アスペクト転換を経験した後であるため、先にあらすじを紹介した部分でさえそのイチイチが可笑しくてしょうがない。この作品は、二回観て初めて「一回、全部楽しんだ」と言えるかも。また、DVDには(僕の大好きな)オーディオ・コメンタリーがついており、内田監督を始め、主要登場人物の五人を演じた役者さんたちも勢揃いで、裏話や雑談が聴ける。二人の女性陣たちの結構さばさばした開けっぴろげな(?)性格が伝わってくるのが興味深かった。(それぞれへの個別的なインタビューも収録されています。)

ちなみにこの作品は、内田けんじ(プロ)初監督作品。PFFぴあフィルムフェスティバルhttp://www.pia.co.jp/pff/index.html)アワード2002に応募した『WEEK END BLUES』(監督と出演)で企画賞&ブリリアント賞&観客賞を受賞し、『運命じゃない人』は第14回PFFスカラシップ作品としてプロ初監督のメガホンを取ったもの。この作品、国内でも様々な賞を獲りまくっているようだけど、カンヌ映画祭にも出品された挙げ句に賞を四つもかっさらう。それはともかく(!?)、英題が"A Stranger of Mine"となっているのを知って、なるほどなぁとちょっぴり感心。DVDには特典として、カンヌでの模様も収録されている。

いずれにせよこの作品、確かに派手さは無いかもしれないけど、脚本の妙と登場人物のキャラクターの味との絶妙なマッチングを存分に楽しめる作品。とにかくエンターテイナー精神旺盛らしい内田監督には、これからもこういった作品を期待して良さそうなので、実に頼もしい限りです。